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広島高等裁判所松江支部 昭和28年(ネ)2号 判決

控訴人 板見定一郎

被控訴人 日ノ丸自動車株式会社

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金拾八万円及びそのうち、金五万円に対する昭和二四年一一月六日から、金拾参万円に対する同月九日からいずれも完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金一八万円及びそのうち、金五万円に対する昭和二四年一一月六日から、金一三万円に対する同月九日からいずれも完済に至るまで月一割の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方事実上の主張は、双方代理人がそれぞれ左記のとおり陳述した外、原判決摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人の陳述

控訴人は被控訴会社米子支社長たる訴外畠山幸一郎に対し、本件小切手三通の割引という名目で、額面金額相当の金員を貸与したのであるから、被控訴会社が右貸金返還の義務を負担するものであることは当然である。而して、本件の先日附小切手に記載せる各振出日附を以て弁済期日とみるべきことは、言を俟たない。ところで、被控訴会社の取締役であり、且、米子支社長であつた畠山の米子支社長なる名称は、被控訴会社自らこれを附与したものであるから、たとえ、畠山が本件小切手の振出、惹いては、これが割引という名目を以てする消費貸借に関し、被控訴会社を代表する権限がなかつたとしても、被控訴会社としては本件小切手のうち、原判決摘示に係る(ハ)の分、即ち社長振出名義の分に関しても、他の二通におけると同様に、商法第二六二条による責任を負担するものといわなければならない。又、米子支社長たる畠山は、これを以て商法第四二条にいわゆる支店の営業の主任者たることを示すべき名称を付した使用人とみるべきであるから、被控訴会社としては、同法条による責任をも免れない。仮に、然らずとするも、畠山は、商法第四三条にいわゆる営業に関する或種類又は特定の事項の委任を受けた使用人に該当するものである。

被控訴代理人の陳述

小切手の割引と金銭消費貸借とは全く別箇の観念に属するのであるから、消費貸借を請求原因として、貸金の返還を求めんとする控訴人の本訴請求は、その主張自体に照して失当であることが明らかである。又、控訴代理人主張に係る本件小切手の振出或いは消費貸借が、被控訴会社の営業たる旅客運送事業と全く関係のない行為であることは極めて明らかであるから、商法第四二条、第四三条に関する控訴代理人の主張は、これ亦失当であると認めた外、〈証拠省略〉原判決摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

よつて按ずるに、かねてから訴外畠山幸一郎が、被控訴会社の取締役であり、且、米子支社長名義で米子市に於ける同社の業務に従事していたことは、当事者間に争がない。原審における証人岡粂次郎、三代栄一、板見平一郎の各証言及び原告本人尋問の結果、当審証人畠山幸一郎、三代栄一の各証言、右証人畠山幸一郎の証言により真正に成立したものと認め得る甲第一乃至第三号証並びに成立に争がない乙第二及び第四号証を綜合すれば、被控訴会社米子支社長であつた畠山が、昭和二四年一〇月五日頃及び同月八日頃の前後二回に亘り、控訴代理人主張の如き記載内容の額面金五万円のもの二通、金八万円のもの一通合計三通の本件小切手をいずれも先日附を以て作成し、代理人たる訴外三代栄一の使者たる訴外岡粂次郎を通じて、控訴人に交付し以てこれを振出したこと、而して、これと引換に控訴人において、各額面金額からそれぞれその一割を控除した残額相当の金員を交付した事実を認めることができる。ところで、控訴代理人が、控訴人は本件小切手の割引という名目で、額面金額相当の金員を貸与したものであると主張するのに対し、被控訴代理人は、これを争い、小切手の割引と金銭消費貸借とは全く別箇の観念に属する旨主張するところであるが、前額各証拠を精査して真相を探究するに、元来、畠山においては、他から資金の融通を受ける手段として小切手を振出したものであり、又、岡から小切手の交付を受けた際、控訴人としては、決して小切手の単純なる売買を目的としたものではなく、小切手に記載せる振出日附当日には、確実に小切手金の支払を受けることを期待し得るものと信じ被控訴会社米子支社の営業資金として融通する意図を以て、前叙認定の如き金額の金員を交付するに至つた事情が窺われ、たとえ、現実の会話において割引という言葉が使用されたとしても、それは畢竟、被控訴会社米子支社長たる畠山と控訴人との間に成立した消費貸借関係に外ならない。而して、貸金元本は、小切手の額面金額に相当し又、小切手に記載せる振出日附は弁済期日を表示するものであり、前叙認定の如く額面金額から一割を控除した残額相当の金員を交付したのは、即ち、弁済期日まで一箇月間の利息を天引したものであると解するのが合理的であり、関係当事者の真意に合致するものということができる。被控訴代理人は、本件小切手のうち、原判決摘示に係る(イ)及び(ロ)の分、即ち、米子支社長振出名義の分はいずれも畠山が米子支社長たる地位を濫用して振出したものであり、又、(ハ)の分、即ち、社長振出名義の分は、畠山が全く何等の権限もなくして振出した無効のものである旨主張するところであるが、前顕各証拠の外、成立に争がない甲第七号証、乙第三、第五及び第七号証(甲第七号証は乙第六号証と同一のものである)並びに原審証人上山専一、米原富造及び当審証人平尾一枝、福田樵悦、矢木信英の各証言を綜合すれば、被控訴会社では、現在は既に、米子市東町三八番地に支店設立の登記がしてあるけれども、かねてから右同一場所に米子支社と称する営業所を設けていたこと、米子支社長であつた畠山は、昭和二四年六月頃から米子市内で、自己個人の営業として、サンダル工場の経営に着手したところ、程なく資金に窮したため、かねてから昵懇の間柄であつた三代及び訴外石原磐男に相談した結果、被控訴会社の社長或いは米子支社長振出名義の小切手或いは約束手形を利用して、他から金融を受けるべく企図するに至つたこと、控訴人が前叙認定の如く、岡から本件小切手の交付を受けた際、控訴人においては、小切手に記載せる支払銀行に照会した結果、確実に小切手金の支払を受けることを期待し得るものと信じ、被控訴会社米子支社の営業資金として融通する意図を以て、前叙認定の如き金額の金員を交付するに至つたものであること、而して、被控訴会社の取締役たる畠山は、米子支社長なる名称を附与されてはいたけれども(昭和二四年一〇月下旬頃辞任)米子支店の設立登記以前であつた関係上、支社長としての主な職務の内容は、支社従業員の指揮、監督等支社の営業を統轄するに在り、法律上外部に対し、被控訴会社を代表する権限が与えられていなかつたこと、その当時、被控訴会社では、米子支社関係として、訴外山陰合同銀行米子東支店及び東京銀行米子支店との間に既に取引関係があつて、そのうち、山陰合同銀行米子東支店には、被控訴会社の社長及び米子支社長名義の各当座預金口座が設けられて居り、畠山は、社長名義の記名、押印の外、社印が押捺してある小切手帳を託され、会計係事務員によつて、これを保管していたこと、併しながら、被控訴会社の内規により、社長名義の小切手の振出は、支社の営業による収入を本社に送金する方法としてのみこれが、許され、又、支社の営業上日常当然に必要な消耗品の購入等に関しては、一定限度の金額の範囲内で、支社の営業による収入金を利用することが認められ、右限度以上の支出の必要が生じた場合には、その都度本社に禀議してその指示、命令を受けることとなつていたので、従前から支社長名義の小切手を振出すが如きことは殆んど予想されていなかつたこと、況んや、前叙の如き畠山個人の営業資金を捻出する手段として、社長或いは米子支社長名義を以て小切手を振出し、或いは、その割引という名目で他から資金の融通を受けるが如きことは、会社の内規により、これを許されていなかつたことは勿論、本社から黙認されてもいなかつたこと、従つて、本件小切手の振出及びその割引という名目を以てする消費貸借は、いずれも畠山が被控訴会社の内規に違背し、専ら、自己個人の用途に充てんがため、米子支社長たる地位を濫用してこれをなしたものであることが認められる。

さて、控訴代理人が予備的に主張する事実のうち、先ず、被控訴会社には、商法第二六二条による責任ありと主張する点について按ずるに現在の被控訴会社米子支店と同一場所にかねてから米子支社と称する営業所を設けていたこと、被控訴会社の取締役たる畠山が米子支社長なる名称を附与されていた事情とその支社長としての主な職務内容、被控訴会社と山陰合同銀行米子東支店及び東京銀行米子支店との取引関係並びに米子支社長として、社長或いは米子支社長名義の小切手を振出すことに対する被控訴会社の内規による制限の状況については前叙認定のとおりであるが、昭和二四年頃、被控訴会社は米子支社営業所として、かなり広い敷地の上に事務所、待合所、車庫、車体工場等諸施設の外、約四〇台の乗合自動車を所有し、又、従業員数も一三〇名内外に達し、幾多方面の遠距離路線も開設し、その営業所としての規模、内容が、尠くともその外観上は、支店設立登記以後のそれと著しく異つたものでなかつたことは、これ亦前顕各証拠によつて容易にこれを窺うことができる。而かも、社長名義のものでも、或いは米子支社長名義のものでも、畠山が全く小切手振出の権限を有しなかつたというのは真実に反し、唯、被控訴会社の内規によつて著しく制限されていたとみるのがその実情に即することは、前顕各証拠を通じ自ら明らかであるが、叙上認定の諸般の事実を念頭に置いて考察するとき、被控訴会社の取締役たる畠山が附与されていた米子支社長なる名称は、尠くとも支社における営業の範囲内の事項に関する限り、商法第二六二条にいわゆる会社を代表する権限を有するものと認めるべき名称に該当するものと断ずるに難くない。巷間においても、支社なる名称を付した営業所が支店と称するものよりも上級の営業所とされている機構となつている事例は、決して尠くないところであるが、本件において、被控訴会社の米子支社乃至米子支社長なる名称に関し叙上の如き評価をなしたとて、敢てこれを以て奇異なるものとなすに当らない。即ち、被控訴会社の米子支社が商法上登記された支店でなく、畠山が米子支社長として被控訴会社を代表する権限を有せず、従つて、畠山が本件小切手の割引という名目を以てする消費貸借契約を締結するが如きことは、被控訴会社の内規に照し、許すべからざる行為であつたことは、正に、被控訴代理人主張のとおりであるとしても、被控訴会社としては、商法第二六二条により、畠山が米子支社長として、代理人の使者により締結した本件小切手の割引という名目を以てする消費貸借契約につき、原則として第三者に対しその責に任ずべきものであることは当然であるといわざるを得ない。然り而して、畠山が本件小切手の振出、或いは、その割引という名目を以てする消費貸借に関し正当の権限がなかつたことにつき、控訴人において悪意であつたとの点については、これを首肯せしめるに足る証拠がないのであるから、被控訴会社は控訴人に対し、本件小切手の額面金額相当の貸金元本を返還すべき義務を負担するものといわなければならない。

なお、控訴人の本件請求のうち、利息乃至損害金に関する部分につき、その当否を按ずるに、本件小切手の割引という名目を以てする消費貸借契約を締結した際、弁済期日まで一箇月間の利息を一割として、これを天引せる残額相当の金員の授受がなされたことは、前叙認定のとおりであるが、弁済期日以降の損害金の率に関し、当事者間に一定の約定が成立したということは、これを認めるに足る証拠がない。控訴人が昭和二四年法律第一七〇号貸金業等の取締に関する法律によつて所定の届出をなした貸金業者であることは、成立に争がない甲第四号証の一、二によつて明らかであるけれども、貸金業者なるが故に、当然に月一割の割合による利息乃至損害金の支払を請求する権利があるとの控訴代理人の主張は、その独自の見解たるにしか過ぎず、到底これを是認することができない。よつて、控訴人の損害金に関する請求中、商事法定損害金を超過する部分は、失当としてその排斥を免れない。

然らば、爾余の争点に対する判断をするまでもなく、被控訴会社は控訴人に対し、本件貸金元本金額及びこれに対する弁済期日以降の商事法定損害金を支払うべき義務を負担することは明らかであるから、控訴人の本訴請求は、右範囲内において、正当としてこれを認容すべきであるのに拘らず、原審において事ここに出でず、控訴人の請求を全部排斥じたのは不当であるから、原判決はこれを是正しなければならない。本件控訴はその一部につき理由がある。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九六条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項及び第三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田建治 組原政男 黒川四海)

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